ヤマト運輸、まごころ宅急便というイノベーション / ”あの日、何度も縁側を振り返った”

孤独死を、なくしたい”
株式会社リクルートキャリアという賑やかでやかましい企業の創業祭。
その場にいささか似つかわしくないとも思われるフレーズは、
それまで威勢のいい司会で賑わっていた会場を一瞬にして静寂で包んだ。

”あの日、何度も縁側を振り返った”
ヤマト運輸株式会社の松本さんという女性ドライバーが、
一配達員としての記憶を詰め込んだ映像が流れる。

”私が、ばあちゃんを殺した。”
”いつもと様子が違った。”
”元気がなかった。”
”縁側を何度も振り返った。”
”三日後、同じ場所では家主の葬儀が行われていた。”
亡くなったのはおそらくあの日の晩だという。
最後に話をしたのは多分松本さん。
私が通報していれば。
せめてもう一声かけていれば。

あの「クロネコヤマトの宅急便」の、いかにも生々しい配達ドライバーの体験談。
何故それがこんな華々しい場で語られているのか?

ヤマト運輸株式会社、岩手主管支店・営業企画課課長の
松本さんは、社会イノベーター公志園第二回、気仙沼決勝大会の代表受賞者だ。

孤独死をなくしたい。
私達にはそれが出来るはずだと訴えかけ続けた。
当然のことではあるが、たくさんの反論が飛び交った。
”専門家がやることだ”
”そんなにやりたければNPOに行けばいいじゃないか”
そうではない、と彼女は語る。
ヤマト運輸の巨大な配送ネットワークを通じてしか、実現され得ない。
有料事業化してこそ、次の世代の人たちに受け継がれ、目まぐるしく変化していく
時代に対応していくこともできる。

『昭和という苦しい時代を支えて走った。そんな彼らが自宅で、ひっそりと、
誰にも知られることなく死んでいくことなど、この日本という国で決してあってはならないことです。』
言葉からは長年持ち続けてきた強い思いが滲み出ている。

どんな田舎でも走っているヤマトのトラック。お客様と親しく会話するたくさんの
セールスドライバー。ヤマトなら絶対できると確信した。

ヤマト運輸岩手県立大学と協力し、盛岡市内での見守り事業を実験的に運用。
その後2010年9月に、見守りと買い物代行と結びつけた、「まごころ宅急便」をスタートした。
その後しばらくは順調に運用。しかし、

他地域からも声が掛かり始めた2011年3月11日

東日本大震災が発生。岩手県は大きなダメージを受ける。
全てのネットワークはストップし、多くの人が絶望に打ちひしがれた。
その時松本さんらはヤマトの救援物資輸送協力隊に参加し、
21日には宅急便も営業を再開。

数カ月後、松本さんは岩手県社協から紹介を受け、
とりわけ大きな被害を受けた同県大槌町に入る。
震災で買い物手段を断たれた人たちに「まごころ宅急便」を
適用できないかということだった。仮設住宅
2週間泊まり込み、その後は2カ月間空家を借りて
県庁や社協、スーパーとの交渉を重ね、準備に奔走した。

お客様からの感想で一番多いのは「安心した」だそうだ。

それまで小気味の良いファシリテートをしていた事業部長が、
静かに、柔らかく口を開く。
「それで、事業は広がりを見せたんですか。
それはつまり、今回イノベーター公志園で受賞したことで。」

一番嬉しかったのは、と松本さんは言う。
『一番嬉しかったのは、社内から声が上がったことです。
各地のセールスドライバーが次々と、私も参加したい、
と名乗りを上げてくれました。』
現場も心を痛めていた。
田舎のセールスドライバーは、ほとんどが土着で、お客様とは
顔見知りであることが多いという。
『これは、受賞のせいではありません。』
一番身近で、一番愛される企業へ。ヤマト運輸の企業情報には、そう書いてある。

事業が広がりを見せている最中の市の名前をスラスラと語る流暢さ。
もう政治や慈善事業だけでは次の’高齢社会’の時代に対処することはできないという着実な意見。
それらを伝えるため、それだけのためにここに来たという事実。
思いが強い証拠だ。
熱心に考え抜いている証拠だ。
堅固な決意の表れだ。

孤独死をなくしたい。孤独死をなくしたい。孤独死をなくしたい。孤独死をなくしたい。孤独死をなくしたい。
百回も二百回もぶつけられるようだった。
静かに、しかし力強く、喉の奥に手を突っ込んででも
伝えようとしているような、そんなプレゼンテーションだった。

多くの人が涙を禁じ得なかった。
会場ではすすり泣きの音があちこちから聞こえてきた。
何を隠そう僕自身が、この発表の初めから最後まで、
ずっと泣き続けていた。

事業とはなんだったろうか?
なんのためにあるものだったろうか?
想いとは?
行動とは?
昨今企業の界隈を賑やかす体のいい釣り言葉
としてのそれとは異なる、全く素朴で純粋な問い。

自分は本当に、大切なものを失ってはいないか?
否が応にも虚業という疑念に苛まれることの多い時代、企業で、
誰もがそれらを浮き足立つことなく考える機会に恵まれたと思う。

一人の女性ドライバーの絶大な行動力に、心からの敬意を表したい。




不適切に長く、ドキュメンタリーかというほど大袈裟に書いてしまいました。
お付き合い頂いた方々、ありがとうございました。
そして末筆ながらここからは届かないであろう感謝の意を、松本まゆみさんへ。
本当に本当に心から素晴らしいと思える、ギュッと詰まった話をあの場で聞けたことが、
リクルート社員としても、一起業家としても、今後の宝になると思っています。本当にありがとうございました。